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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)316号 判決 1998年9月01日

福井県福井市つくも2丁目2番3号

原告

和興技研株式会社

代表者代表取締役

川崎卓治

東京都千代田区丸の内2丁目5番2号

原告

三菱化学株式会社

代表者代表取締役

三浦昭

福井県坂井郡金津町池口5号46番地

原告

福伸工業株式会社

代表者代表取締役

西村栄一

原告三名訴訟代理人弁護士

近藤恵嗣

同弁理士

竹内三郎

橋本清

大阪府池田市畑4丁目13番12号

被告

株式会社アナック

代表者代表取締役

田中伊佐男

訴訟代理人弁理士

蔦田璋子

蔦田正人

主文

特許庁が平成7年審判第10186号事件について平成8年11月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文と同旨

2  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告らは、発明の名称を「ポリエステル繊維編織物の減量加工法および装置」する特許第1736102号の特許発明(昭和59年4月11日特許出願、平成5年12月26日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権の共有者である。

被告は、平成7年5月10日に本件発明のうち、特許請求の範囲1の項の発明(以下「本件第1発明」という。)に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成7年審判第10186号事件として審理した上、平成8年11月11日に「第1736102号特許の発明第1項を無効とする。」との審決をし(以下「本件審決」という。)、その謄本は、同年11月20日に原告らに送達きれた。

(2)  原告らは、本件審決後に本件明細書の訂正審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第21137号事件として審理した上、平成10年3月12日に「特許1736102号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決をし(以下「本件訂正審決」という。)、その謄本は、同年4月8日に原告らに送達され、本件訂正審決は確定した。

2  本件訂正審決前の本件明細書の特許請求の範囲1の項

所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中にポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工法において、処理浴中の塩基性物質の濃度の減少または加水分解生成物の濃度の増加を経時的に測定し、この測定値に基づいて減量加工の終点を決定することを特徴とするポリエステル繊維編織物の減量加工法。

3  本件訂正審決後の本件明細書の特許請求の範囲1の項

所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中にポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工法において、予め処理浴中に既知量の塩基性物質を投入して20~150(gr/l)の所定濃度の塩基性物質を含む処理浴を作製し、塩基性物質の濃度の変化が小さくかつ塩基性物質の濃度及びポリエステル繊維を含む編織物の減量率が処理時間に対してほぼ直線状に変化ずる範囲内で減量加工を実行し、処理浴中の塩基性物質の濃度の減少または加水分解生成物の濃度の増加を中和滴定装置により自動的かつ経時的に測定し、消費された塩基性物質または生成された加水分解生成物の量が目的減量率に到達するまでに消喪される塩基性物質または生成された加水分解生成物の推定量と一致した時点を減量加工の終点とすることを特徴とするポリエステル繊維編織物の減量加工法。

4  審決の理由

別添審決書「理由」の写のとおりである。

5  審決の取消事由

本件明細書の特許請求の範囲1の項は、本件訂正審決の確定により、上記2から上記3のとおり訂正された。

本件審決は、上記2に記載されたところに基づいて本件第1 発明の要旨を認定しているから、本件審決は結果的に発明の要旨認定を誤ったことになる。そして、本件審決はこれを前提として、周知発明及び「melliand TEXTILBERICHTE INTERNATIONALT TEXTILE REPORTS」1982年2月号の164頁(審決の甲第2号証の2、以下「引用例」という。)記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断し、本件第1発明についての特許を無効としたものであるから、違法であって、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし4の事実は認める。同5は争う。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

上記事実によれば、本件明細書の特許請求の範囲1の項の記載は、請求の原因3記載のものにより特許出願から特許権の設定の登録までがされたものとみなされるところ(特許法128条)、審決は、請求の原因2記載のものに基づいて本件第1発明の要旨を認定したものであるから、結果的に本件第1発明の要旨の認定を誤って、引用例記載の技術事項との対比、判断をした違法があるというべきである。そして、上記違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年8月18日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

1、当事者の求めた審判

(1)請求の趣旨

結論同旨の審決を求める。

(2)答弁書の趣旨

本件審判請求は、成り立たない。

審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める

2、当事者の主張

(1)請求人の主張

本件特許第1736102号の第1発明(以下、第1発明という)は、

1)甲第2号証に記載の発明に基づいて、

(前提として、甲第4、5、6号証から第1発明の「おいて」までの構成は 周知)

2)甲第5号証または甲第8号証に記載の発明に基づいて、(甲第2号証)

3)甲第4号証、及び甲第5号証または甲第8号証に記載された発明に基づいて、または

4)甲第9号証または甲第9号証及び甲第2号証、に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、第1発明は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許がなされたものであるから、また

5)本件特許は、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載された発明に欠くことのできない事項が記載されていない点で、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、

特許法第123条第1項第1号および第3号の規定により無効とすべきものである旨主張し、証拠方法として次の書証を提出している。

甲第1号証 本件特許公報(特公平4-24461号公報)

甲第2号証の1 「melliand TEXTILBERICHTE INTERNATIONAL TEXILEREPORTS」1982年2月発行の表紙

甲第2号証の2 同上書の第164頁

甲第2号証の2 同上書の奥付

甲第3号証 甲第2号証の2の和訳

甲第4号証の1 日本染色工業研究会編集、株式会社染色社発行「染色工業」、1977年7月号、第25巻第7号No.286丸昭和52年7月20日発行の表紙

甲第4号証の2~5 同上書の第350頁~353頁

甲第4号証の6 同上書の奥付

甲第5号証の1 繊維社発行「加工技術」、1979年1月号、昭和54年1月10日発行の表紙

甲第5号証の2~3同上書の6頁~7頁

甲第5号証の4 同上書の奥付

甲第6号証1の 繊維社発行「加工技術」、1981年7月号、第33巻第7号No.7昭和56年7月20日発行の表紙

甲第6号証の2 同上書の336頁

甲第6号証の3 同上書の奥付

甲第7号証の1 繊維社発行「加工技術」、1985年11月号、昭和60年11月10日発行の表紙

甲第7号証の2 同上書の55頁

甲第7号証の3 同上書の奥付

甲第8号証の1 繊維社発行「加工技術」、1981年10月号、昭和56年10月10日発行の表紙

甲第8号証の2~3同上書の10頁~11頁

甲第8号証の4 同上書の奥付

甲第9号証の1 京都府織物指導所の研究報告書、昭和57年度版、(1983年(昭和58年)7月21日付で大阪工業技術試験所の図書館に寄贈)の表紙

甲第9号証の2 同上書の目次

甲第9号証の3 同上書の中表紙

甲第9号証の4~13同上書の37頁~46頁

甲第10号証の1 信州大学繊維学部発行「続絹糸の構造」、1980年(昭和55年)3月発行の表紙

甲第10号証の2~5同上書の499頁~502頁

甲第10号証の6 同上書の奥付

甲第11号証の1 株式会社地人書館発行「繊維化学」、昭和42年11月30日初版発行の表紙

甲第11号証の2 同上書の13頁

甲第11号証の3 同上書の16頁

甲第11号証の4 同上書の63頁

甲第11号証の4 同上書の奥付

(2)被請求人の主張

1)本件特許明細書の特許請求の範囲には、請求人の主張する明細書の不備はないから、請求人の主張する5)の違背もなく、また

2)第1発明には、請求人主張する前記1)~4)の何れの違背もない、また

3)請求人の代表者は、本件特許の発明者の一人であって、その発明に至るのに特許権者の資金設備を利用しており、出願に際し特許を受ける権利を本件特許権者に譲渡し、その対価として補償金を受領している。

また、「株式会社アナック」は、代表者たる

「田中伊佐男」個人に係る会社であって、事実上形骸化している。

かかる事実を考慮すると、本件審判請求人は、実質的に「株式会社アナック」の代表者たる「田中伊佐男」個人とみることができ、信義則からして、本件特許の効力を損なうような行為はなし得ないものと思料する、として請求人適格を欠如する旨主張している。

3、手続きの経緯

本件特許第1736102号は、昭和59年4月11日に出願され、平成4年4月27日に出願公告(特公平4-24461号)され、平成5年2月26日に設定登録がされたものである。

4、本件審判の請求人適格について。

被請求人は、請求人の代表は、本件特許の発明者の一人であって、その発明に至るのに特許権者の資金設備を利用しており、出願に際し特許を受ける権利を本件特許権者に譲渡し、その対価として補償金を受領している。

また、「株式会社アナック」は、代表者たる「田中伊佐男」個人に係る会社であって、事実上形骸化している。

かかる事実を考慮すると、本件審判請求人は、実質的に「株式会社アナック」の代表者たる「田中伊佐男」個人とみることができ、信義則からして、本件特許の効力を損なうような行為はなし得ないものと思料する、として請求人適格を欠如する旨主張している。

しかしながら、本件審判請求人は、田中伊佐男個人ではなく法律的に認められた法人である株式会社アナックであることは会社発記簿謄本から明かであるから、「株式会社アナック」は代表者たる「田中伊佐男」個人に係る会社であって、事実上形骸化している、という被請求人の主張は何等根拠のないものである。また

該法人は請求人提出の製品カタログからみて、ポリエステル繊維編織物の減量加工に関連する製品を製造販売しており、これに対して、被請求人より該行為は被請求人の特許第1736102号の権利を侵害するものであるとして警告を受けていることは、警告の写しから明らかであり、特許が無効であると判定されることによって請求人は不当な権利行使から免れる立場にあるから、

本件特許の無効審判請求人は請求人適格がないとする、被請求人の主張は根拠がないというべきである。

なお、田中伊佐男は本件特許発明の発明者の一人であるから、特許権者と田中伊佐男個人との間に緊密な協力関係にあったけれども、請求人は「株式会社アナック」であり田中伊佐男個人ではなく、また、田中伊佐男が実質的に「株式会社アナック」の所有者としても、被請求人の前記警告より前記協力関係が解消された事情にあるもと解されるから、本件無効審判請求に及んだことに信義則に違反があるものとは認め難い。

5、本件第1発明の要旨

請求人は、5)において、本件特許は、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載された発明に欠くことのできない事項が記載されていない点で、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない、と主張し、その根拠として

本件特許発明の解決すべき課題は、本件公報3欄14~20行の記載、同3欄23~24行の記載および同25~26行の記載からみて、減量率を測定する間にも減量が進行するので所期の減量率を有する製品を得ることが困難であったという問題点を解決`することにあるものと認められ、

このような課題は、

本件発明の実施例としての経時的な自動測定を可能にする苛性ソーダ濃度自動測定装置を使用すれば、処理浴中における苛性ソーダの濃度を速やかに測定することができるのでロスタイムが皆無となり、本願発明の課題を達成することができるけれども、そのような装置を使用しない場合、例えば処理浴から溶液を採取レてマニュアル的にその濃度を測定する場合には、該測定中にアルカリ処理が進行してしまうから、前記課題は解決されないことになる。

ところが、特許請求の範囲には前記本件特許発明が解決すべき課題を解決するための構成が記載されていないから、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていない不備があることを挙げている。

しかしながら、本願明細書では、先行技術として、塩基性物質を用いた減量加工の進行状態を知る方法として、処理浴中の塩基性物質の減少または加水分解生成物の濃度の増加を経時的に測定して行なうことものが存在していたことを前提とする記載になってなっておらず、このような測定方法を用いることにより経時的な測定が可能となったことが、本件特許明細書の記載かち理解できるから、特許請求の範囲の記載を、請求人が主張する範囲に限定する必要があるものとは認められない。

したがって、前記請求人の主張は、失当というべきである。

また、請求人は、1)の主張の中で、本件第1発明において、「この測定に基づいて減量加工の終点を決定する」は目的であって、構成ではないと、主張しているが、該事項は「処理浴中の塩基性物質の濃度の減少または加水分解生成物の濃度の増加を経時的にの測定し」たものをいかなる工程の管理の情報として用いるかを指定しているのであるから、目的ではなく、構成と理解するのが相当である。

よって、本件第1発明の要旨は、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「(1)所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中に

ポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工方法において、

処理浴中の塩基性物質の濃度の減少

または加水分解生成物の濃度の増加を経時的に測定し、

この測定値に基づいて減量加工の終点を決定することを特徴とする

ポリエステル繊維編織物の減量加工法。」

6、請求人の主張についての検討

(1)主張1)について、

該主張の概略の主張は、

イ、本件第1発明において「所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中に

ポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工方法において」の構成は、甲第4号証の2~5、甲第5号証の2~3、および甲第6号証の2に記載されているように本件特許出願前周知であり、また

ロ、本件第1発明において「減量加工の終点をを決定する。」ことは、甲第4号証の2~5、および甲第6号証の2に記載されているよう、ポリエステルの減量加工は無闇に反応を進めるのではなく、減量率のコントロールが必要であることおよび減量率を設定する必要があること等の記載から、目標減量率を設定して行うことが当該技術分野において常識であるから、単なる目的に過ぎず格別の技術的意味はない。そして、

ハ、甲第2号証(甲第3号証の訳文参照)には、アルカリ処理によるポリエステル繊維の減量率を連続して測定する方法として、ポリエステル繊維の塩基性物質による処理により生成する分解生成物であるテレフタル酸の濃度を連続的に測定することにことが具体的に記載されているから、

前記ポリエステル繊維を含む編織物を塩基性物質で加水分解処理する方法において、減量率のコントロールおよび減量率の設定をすることを必要とする当該分野における技術常識に、甲第2号証に記載の減量率の連続測定方法、換言すれば経時的測定方法を適用して、本件第1発明の構成を得ることは、当業者が容易になし得たものと認める、というものである。

そして、イ、の根拠として、

甲第4号証の2第350頁の右欄第14行~第16行には「減量加工は至って簡単で、カセイソーダ水溶液中でポリエステル繊維を加熱処理すると、繊維が加水分解を受けて減量される。」の記載、

甲第5号証の2~3第6頁左欄末第11行~末行には「ポリエステル繊維が硬いのは結晶化度の高い部分が表皮を形成しているためである。この硬い表皮をアルカリで加水分解し、溶解させるとポリエステル繊維は柔軟になり、絹に類似した風合いになり製品の付加価値を高める。 ポリエステル強撚糸織物などのアルカリ加水分解によって、風合改良を行う減量加工は、ジョーゼットにニット様のスムースなドレープ性を付加し、今日のジョーゼットプームの原因となった風合をもたらし、広く応用されている。」の記載、及び

甲第6号証の2第336頁の緒言には「ポリエステル繊維が、苛性ソーダ等のアルカリ水溶液に溶解することを応用して、風合いの改良行なうことを目的としたものを、通常、N処理と呼んでいるが、これをさらに押し進めて、より絹に近し風合いを付与する加工を減量加工と称している。

これは、ポリエステル繊維が、アルカリ水溶液で加水分解されることを利用したものであり、一般的にはデシン、楊柳、ジョーゼットなどの布地に対して加工が施されている。」の記載があることを挙げている。

ロ、の根拠として、

甲第4号証の第350頁右欄第行6~第10行には「一方、減量加工処理では、ポリエステル繊維の強度低下は大なり小なり避けることができず、下手な加工をすると、加工商品を全く使いものにならないほど弱らせてしまうことにもなりかねない危険性を含んでいる。」の記載(記載1)、

甲第4号証の2~3第350頁の右欄末行~351頁左欄18行には「減量加工は、ポリエステル繊維のもつ硬直な感じをなくして、ドレープ性の良いしなやかな風合いにする目的で行われるのではあるが、何といっても、処理後得られる減量率を自由にコントロールできなければ、風合いまたは強度のコントロールができないことは容易に想像できるし、また、減量加工効果の目安として通常使われるのが減量率であるから、まず一番初めに考えなければならないことは減量率のコントロールの方法であろう。

もちろん、処理方法によって若干異なるが、浸せき処理を想定すると、減量率に影響を与える条件として次のようなものがある。

処理浴中のカセイソーダの濃度

処理浴中の助材の種類と濃度

処理温度

処理時間

浴比

実際の現場では、これらの諸条件をいろいろ変えて減量率をコントロールしている。」の記載(記載2)、

甲第5号証の2~3第7頁左欄2行~第8行には「ポリエステル繊維を水酸化ナトリウムで加水分解すると、テレフタール酸ナトリウムとエチレングリコールに分解されて水可溶性となり、未反応の残留繊維成分は何ら、その重合度に変化を受けず下記のような反応でポリエステル繊維を減量する。

-[OCH2-O-C(O)-ph-C(O)]n-+2NaOH→NaOOC-ph-COONa+OCH2CH20H」の記載、および

甲第6号証の2第336頁の要旨(2)には「減量率の増大にともない、強度、伸度が大きく低下するため、対象とする糸の繊度、撚数、形態等を考慮して、減量率を設定する必要がある。」の記載(記載3)があることを挙げている。そして、

ハ、の根拠として

甲第2号証の2には

「アルカリ処理によるポリエステル繊維の減量率を追跡するためには、迅速で場合によってま連続で測定する方法が必要である。」ことを内容とする記載(甲第2号証の2左欄3行~5行、甲第3号証3行~5行、記載4)、

「苛性ソーダを使用したポリエステルの加水分解は、化学量論的に反応するため、次のように処理

浴中のテレフタル酸CTSの量を重量減少⊿Gの尺度として扱える。

⊿G=α・CTS

比例係数αは次の条件で決定される。

-アルカリ濃度

-処理浴

-ポリエステル繊維の履歴

-反応温度

-反応時間

-促進剤の種類と濃度

従って、テレフタル酸の濃度を測定することは間接的に減量率を確定する方法として適切である。」ことを内容とする記載(甲第2号証の2左欄9行~24行、甲第3号証9行~24、記載5)、

「実際にはナルカリ処理は短時間で行われているため、迅速に測定するには連続的に測定するか少なくとも2分程度で測定できる方法を必要とする。従って、滴定法は条件付きで採用できる。

従って、減量率の連続的測定には、直接測定できる伝導率法が最適と判断する。」ことを内容とする記載(甲第2号証の2左欄30行~41行、甲第3号証30行~40、記載6)、および

「このように伝導率測定法を用い、促進剤添加の下、10g/1NaOH、温度110℃で、処理時間を変えて得られた結果を他の方法と比較したものを表に示した。

これから、伝導率測定法が測定精度の範囲内で良く一致していることが分かる。

表:減量率の測定方法による比較

方法 t(分)に対する滅量率(%)

5 10 15 20 25

重量法 11.9 17.3 21.7 26.0 28.0

残留NaOH

の滴定法 11.6 16.3 22.1 24.8 29.1

テレフタル酸電

位差滴定法12.0 16.9 22.0 25.4 28.6

UV測光法 11.9 16.7 22.4 25.1 28.4

伝導率法 11.0 16.4 21.0 25.3 29.8

要約

アルカリ処理浴中の比伝導率は、テレフタル酸の生成により減量率がおおきくなるに従い直線関係が小さくなる。5~20g/lの範囲でNaOHの初期濃度に関係なく、伝導率の減少は、テレフタル酸1g/l当たり1.6mS・cm-1になる。

従って、減量率の連続測定法には、直接測定のできる伝導率測定法が適しており、実際上十分に正確なデータが得られることが分かる。

伝導率測定法を採用することにより、減量率を連続してモニターすることが可能である。」ことを内容とする記載(甲第2号証の2右欄末10まで、甲第3号証右欄末行まで、記載7)があることを挙げている。

(2)、(1)の主張に対する判断。

前記イ、の根拠から、第1発明における「所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中に

ポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工方法において」の構成は、本願特許の出願前周知であることが、また

前記ロ、の根拠及び本願明細書中においても、処理機器中の処理浴において処理されているポリエステル繊維編織物の処理状態を何らかの方法により知り、処理を終了する時点を決定しなければならないことも本願特許の出願前周知であることが理解され、

本件第1発明における、「処理浴中の塩基性物質の濃度の減少または加水分解生成物の濃度の増加を経時的に測定」することは、ポリエステル繊維を含む編織物の減量加工の処理状態を知るという上位概念に含まれるから、

本件第1発明と前記周知発明とは、

「所要濃度の塩基性物質を含む処理浴中に

ポリエステル繊維を含む編織物を入れてポリエステル繊維を加水分解させるポリエステル繊維を含む編織物の減量加工方法において、

処理浴中のポリエステル繊維を含む編織物の減量状態を知って終点を決定するポリエステル繊維編織物の減量加工方法。」

という構成においては、一致し、

本件第1発明は、ポリエステル繊維を含む編織物の減量加工の状態を知るのに、処理浴中の塩基性物質の濃度の減少または加水分解生成物の濃度の増加を経時的に測定することによって行なうものであるのに対し、周知発明においては、

ポリエステル繊維の編織物と一緒に処理した布片剛定したり、所定の時間を測定して行うものである点においてのみ相違する。

相違点について検討する。

前記ハ、の根拠から、

ポリエステル繊維を含む編織物ではないが、ポリエステル繊維のアルカリ処理による減量である点では共通する処理において、ポリエステル繊維のアルカリ処理による減量率を追跡するには、迅速、場合によっては連続的に測定する方法が必要であことことが理解され、

迅速に測定するには、連続的、少なくとも2分程度で測定できる方法が必要であることが記載されており、

このことからポリエステル繊維をアルカリ、換言すれば塩基性物質、を含む処理浴による処理による減量の状態を知るには、迅速な、場合によっては連続的に測定する方法、すなわち経時的な方法によって測定するすることが必要であることが理解され、および

記載5から、ポリエステル繊維のアルカリ物質による処理は加水分解反応であり、該反応は化学量論的で、処理浴中のテレフタル酸の量の測定はポリエステル繊維の重量減少の尺度となり、間接的に減量率を確定する方法として適切であることが理解され、

記載7から、ポリエステル繊維のアルカリ処理による処理時間を変えたものから得られた該繊維の減量率の測定結果を、処理浴の伝導率測定方法を用いて得られたポリエステル繊維の減量率の測定結果と対比すると、良く一致することが分かり、ポリエステル繊維の減量率の連続測定法には、直接測定のできる伝導率測定法が適しており、実際上十分に正確なデータが得られることが理解され、伝導率測定法を採用することにより、減量率を連続してモニターすることが可能であることが理解される。

すなわち、甲第2号証の2には、所定の濃度の塩基性物質を含む然理浴中にポリエステル繊維を入れてポリエステル繊維を加水分解させる、減量加工方法において、処理浴中の加水分解生成物であるテレフタル酸の濃度の増加を経時的に測定する方法である連続的伝導率測定法で減量加工の状態を知るポリエステル繊維の減量加工方法の発明が記載されている。

したがって、このような処理浴中の加水分解生成物であるテレフタル酸の濃度の増加を経時的に測定することにより減量加工の状態を知る方法を、前記周知発明における減量加工の状態を知る方法に適用して、本件第1発明の構成を得ることは、当業者が容易に想到し得たものと認める。

すなわち、本件第1発明は、前記周知発明及び前記甲第2号証の2に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、木件第1発明は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許がなされたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものである。

そして、本件第1発明は、前記2)~4)の主張を検討するまでもなく、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきものである。

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